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2.2 部材履歴則の設定と集中ばね履歴則

この節は、部材履歴則の設定(増分用・時刻歴用の 2 系統)と、集中ばね (one/two-component)用の M–θ 履歴則を扱います。 スケルトンは crack/yield/ultimate の 3 点で与えるトリリニア(またはバイリニア)とし、除荷則はモデルごとに異なります。

2.2.0 履歴則の設定(増分用・時刻歴用)

部材の履歴則は、増分解析(保有水平耐力計算)用時刻歴応答解析用を 部材ごとに別々に指定できます。時刻歴用が「増分と同じ」(未指定)の部材は 増分用の指定に従います。どちらも未指定(自動)の部材は、要素種別ごとの 次の既定に従います。

要素履歴則の適用先自動(増分)自動(時刻歴)
梁(材端集中ばね)材端曲げばねの M–θ 履歴RC/SRC/CFT: 武田型
S: 標準型
増分と同じ
柱等のファイバー要素・MS 要素コンクリートファイバの除荷則逆行型Karsan–Jirsa 型
耐震壁面内せん断ばねの Q–δ 履歴(4.5)
+壁柱ファイバーのコンクリート除荷則
せん断: 最大点指向型
コンクリート: 原点指向型
せん断: 最大点指向型
コンクリート: Karsan–Jirsa 型
  • ファイバー要素・MS 要素・耐震壁では、履歴則の指定をコンクリートの除荷則 として解釈します。有効な指定は逆行型・原点指向型・Karsan–Jirsa 型(2.1.6)で、 それ以外(武田型等の曲げばね用履歴)を指定した場合は自動と同じ既定に従います。 鋼材・主筋ファイバは常に Menegotto–Pinto(2.1.2)で、選択の対象外です。
  • 梁(材端集中ばね)に Karsan–Jirsa 型(M–θ 履歴でない指定)を与えた場合は 武田型として扱います。
  • 耐震壁では、履歴則の指定を面内せん断ばね(Q–δ 系として解釈できる指定: 逆行型・標準型・原点指向型・最大点指向型・武田型)と壁柱ファイバーの コンクリート除荷則(逆行型・原点指向型・Karsan–Jirsa 型)のそれぞれへ、 解釈できる範囲で適用します。どちらとしても解釈できない指定は各既定に従います。 せん断ばねの既定を最大点指向型とするのは、壁の面内せん断はひび割れの スリップ性状が強く、除荷開始剛性が初期剛性のままの移動硬化型(Masing)では 履歴ループの吸収エネルギーを過大評価するためです(4.5 節)。
  • 増分解析のファイバー既定を逆行型とするのは、単調載荷が主体で骨格追従が目的の ためです。耐震壁の壁柱のみ原点指向型を既定とします(壁はロッキングに伴う 中立軸移動で圧縮縁の除荷が本質的に生じ、逆行型では圧縮ブロックの応力が 抜けずに曲げ寄与を過大評価し、面内水平力の終局せん断強度 Qu 頭打ちを 超えてしまうため)。
  • 時刻歴応答解析のファイバー既定を Karsan–Jirsa 型とするのは、残留塑性ひずみ・ ひび割れ開閉・剛性劣化を含む履歴(2.1.6)により、繰返し載荷の履歴吸収 エネルギーの評価が原点指向型より現実的なためです。

2.2.1 履歴モデル一覧

各履歴モデルは、構造動力学で標準的に用いられる復元力特性モデルに基づきます。 武田モデル(Takeda, Sozen and Nielsen, 1970)、最大点指向型(Clough 系)、原点指向型、スリップ型、Masing 則による標準型、逆行型(Retrograde)、辻・山田モデル(TsujiYamada)、鉄骨横座屈型(SteelBuckling)を実装します。 選択肢と分岐は設計書 §7・仕様書 §5 に定義します。

算定式(各モデルの除荷則):

  • 武田モデル(Takeda / TakedaDegrading): 剛性低下型トリリニア。除荷剛性は \( K_u = K_0 \cdot |\delta_{\max}/\delta_y|^{-\alpha} \)(K0 = ひび割れ勾配 \( M_c/\theta_c \)、α = 除荷剛性低下指数)。劣化版はピーク耐力を \( \text{degradation}^n \)(n = ピーク経験回数)で低下させます。n は包絡線上のピークからの反転時に数え、単調載荷の刻み数には依存しません。
  • 原点指向型(OriginOriented): バイリニアで、除荷は原点へ向かう割線とします。
  • スリップ型(Slip): 原点付近でピンチする再載荷とします(slip_factor)。
  • 逆行型(Retrograde): 常にスケルトン上を辿り、履歴ループを持ちません。
  • 標準型(Standard): Masing 則(相似則)による除荷とし、除荷開始剛性を初期剛性 K1 とします。
  • 最大点指向型(MaxPointOriented): Clough 系のピーク指向とします。

トリリニア・バイリニアのスケルトンは、終局超過後は軟化せず終局耐力を保持します(劣化版は低下後の耐力を保持します)。

実装: squid_n_material::hysteresis::HysteresisRulecrates/squid-n-material/src/hysteresis/mod.rs)が算定します。 武田の除荷剛性は同モジュールの unloading_stiffness で「原典式 \( K_d^+ = K_0 \cdot |\delta_{\max}/\delta_{y2}|^{-\nu} \)」と明記しています。

2.2.2 辻・山田モデル(混合硬化)

このモデルは、辻・山田による混合硬化則(バイリニア骨格に β による等方硬化と移動硬化を組み合わせる弾塑性モデル)に基づきます(二重鋼管座屈補剛ブレース等に適用)。

算定式

硬化係数:

\[ H = \frac{K_1 \cdot K_2}{K_1 - K_2} \]

降伏時の移動硬化:

\[ \Delta\bar{\alpha} = (1-\beta) \cdot H \cdot \Delta\varepsilon_p \]

降伏時の等方硬化:

\[ \Delta\bar{\sigma} = \beta \cdot H \cdot \Delta\varepsilon_p \]

\( \beta = 1 \) で等方硬化、\( \beta = 0 \) で移動硬化となります。

実装: squid_n_material::hysteresis::TsujiYamadacrates/squid-n-material/src/hysteresis/tsuji_yamada.rs)が算定します。

2.2.3 鋼梁 横座屈考慮 Mu/Mp 比

この算定は、井戸田ほか (2015) による、横座屈を考慮した鉄骨梁の耐力比 Mu/Mp 評価式に基づきます。

算定式: 細長比 λb・κ(両端モーメント比)から \( M_u/M_p \) を算定します(rαΛΛc' などの多段の閉形式。結果は [0.05, 5.0] にクランプします)。 原典既定は 残留応力 \( c_{\text{res}} = 0 \)、形状係数 \( f = 1 \)、\( k_{\text{res}} = 0.3 \)、\( k_{\text{def}} = 1.0 \) です。

実装: squid_n_material::hysteresis::lateral_buckling_mu_ratiocrates/squid-n-material/src/hysteresis/steel_buckling.rs)が算定します。 除荷は孟・大井・高梨の Ramberg–Osgood モデル(\( \gamma = 5,\ \Phi = 0.5 \))を同ファイルの SteelBuckling で実装しています。

2.2.4 部材スケルトン曲線の自動算定(M–φ → M–θ)

RC 部材のトリリニアスケルトン(ひび割れ・降伏・終局)は、ファイバー断面の M–φ 数値積分から自動算定します。 軸力一定の条件で曲率を増加させ、コンクリートの引張ひび割れ・鉄筋降伏・ピークモーメントをひずみイベントで検出して折点とします。

算定式(M–φ → M–θ 変換。各成分を加算して部材端回転角とします):

  • 曲げ: \( \theta_f = \kappa_y \cdot l / 3 + (\kappa - \kappa_y) \cdot l_p \)(降伏後は塑性ヒンジ長 \( l_p \) で回転を累積。弾性域は \( \theta_f = \kappa \cdot l / 3 \))。\( l \) は反曲点距離(部材長 × 反曲点比)です。
  • せん断: \( \theta_s = M / K_s \)(\( Q = M/l \) の片持ち・逆対称近似、\( \gamma = Q/K_s \)、\( \theta_s = \gamma \cdot l \) を整理した形)。\( K_s = G \cdot A_w \)、RC 矩形断面の有効せん断断面積は \( A_w = 5/6 \cdot b \cdot D \)(ティモシェンコせん断補正)、\( G = E_0 / (2(1 + 0.2)) \)(\( E_0 = 2 f_c/|\varepsilon_{c0}| \) はコンクリートの初期接線剛性、ポアソン比 0.2 固定)です。
  • 鉄筋抜出し: \( \theta_p = \sigma_s \cdot d_b / (E_s \cdot \xi) \)。鉄筋応力 \( \sigma_s \) は曲率比から推定します(弾性域は \( \kappa/\kappa_y \cdot f_y \)、降伏後は \( f_y \) 一定)。\( \xi \) は定着区の平均結合応力係数です。

M–φ を扱う実装の使い分け:

ワークスペースには M–φ を扱う実装が 3 系統あり、役割が異なります。取り違えると解析結果の検証を誤るため、用途を守ります。

  • 本節の算定(squid-n-skeleton): RC 断面の材料構成則によるトリリニア骨格の参照実装。本番の解析経路では使わず、略算式との突合が主な用途です。
  • squid_n_section::mn_surface::m_phi: 弾完全塑性ファイバの M–φ / M–θ。GUI のヒンジ詳細表示専用です。
  • squid_n_element::frame::fiber: 非線形解析本体のファイバ定式化。解析結果を決めるのはこちらです。

3 者は塑性化域の集約規則が異なるため、同じ部材でも骨格は一致しません。表示・参照実装の骨格を解析結果の検証に流用しません。

近似とその扱い:

  • 主筋位置のコンクリートは重複計上します(主筋点ファイバとコンクリート格子が重なる分の断面積控除を省略)。影響は微小ですが、断面積をわずかに過大に数える危険側の近似です。
  • せん断変形の \( Q = M/l \) は片持ち・逆対称を仮定した近似です。実の曲げ分布がこれと異なる場合、せん断寄与の過小・過大評価がありえます(方向は一律に定まりません)。
  • 中立軸探索のニュートン法が収束しない場合、最終反復値をそのまま用います。折点が検出されなかった場合は推定曲率による補完値(ひび割れ・降伏・終局)を用います。
  • 降伏曲率が不明な場合の抜出し応力は \( f_y \) の 0.5 倍とします。
  • 汎用パス(build_member_skeleton)の折点抽出は勾配ヒューリスティックによる簡易抽出です。RC には用いず、build_rc_member_skeleton を用います。

推定・補完の係数(スイープ範囲の決定と折点未検出時の補完に用います):

  • 有効せい \( d \) は最外主筋中心までの距離、腕の長さ \( j = 7d/8 \) とします。
  • 降伏曲率推定 \( \kappa_y = \varepsilon_y/j \)(\( \varepsilon_y = f_y/E \))、終局曲率推定 \( \kappa_u = |\varepsilon_{cu}|/(D/2) \) とします。
  • スイープ上限は \( \max(3.0 \cdot \kappa_u,\ 2.0 \cdot \kappa_y,\ 10^{-4}) \) [1/mm] とします。
  • ひび割れ補完は \( (\varepsilon_{cr}/(D/2),\ 0) \)、降伏補完は \( (\kappa_y\text{推定},\ I_y \cdot E_0 \cdot \kappa_y\text{推定}) \)、終局補完は \( (\kappa_u\text{推定},\ 1.2 \cdot M_y) \) とします。
  • 汎用パスの降伏判定は、接線勾配が初期勾配の 0.3 倍を下回った点とします。

単位系: 断面寸法・位置 [mm]、面積 [mm²]、軸力 [N]、モーメント [N·mm]、スパン [mm]、曲率 [1/mm]、ひずみは無次元です。

データの順序: MemberSkeleton.points は(変形 θ、耐力 M)の昇順です。HysteresisRule::Takeda の折点(crack / yield_point / ultimate)は(耐力 M、変形 θ)の順です。

既定値:

項目既定値
RC ファイバ格子(幅 × せい)16 × 32
RC M–φ スイープのステップ数800
中立軸探索の最大反復数・相対残差許容値・有限差分 ε50 回・1e-6・1e-8(ひずみ)
曲率ゼロ判定の閾値1e-15 [1/mm]
塑性ヒンジ長断面せいの 0.5 倍
武田モデルの除荷剛性低下指数 α(外部設定。代表値)0.4〜0.5
定着区の平均結合応力係数 ξ(外部設定。代表値)8〜10
汎用パスの最大曲率・分割数・軸力探索の反復数・許容値0.01 [1/mm]・200 分割・50 回・1e-6
ShearContribution::none / PulloutContribution::noneせん断寄与なし(\( K_s = 0 \))/抜出し寄与なし(鉄筋径・剛性・係数が閾値未満で 0)
MemberSkeleton::default折点 (0, 0)・(0.01, 10.0)・(0.05, 12.0)、武田 α = 0.4

実装: squid_n_skeleton::build_rc_member_skeletoncrates/squid-n-skeleton/src/builder.rs)が算定し、M–φ → M–θ 変換は squid_n_skeleton::deformation::mphi_to_mtheta、ファイバ積分は squid_n_skeleton::fiber_model が担います。